新体制始動ですよ

早稲田スポーツさんの記事、野球部の新体制始動特集です。

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ホント、いつもいつも読み応えのある良いインタビューをありがとうございます。

 

今回一番読んでて胸が高鳴ったのが、福岡くんと瀧澤くんの回(第一回)で、福岡くんが自分の希望進路について明言したところ。

将来の夢は?という問いに答えてるのは見たことがありますが、こうして自分の言葉でハッキリと語っているのを目にすると実に嬉しいものです。

 

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頑張ってください。本当に本当に心から応援しています。そして、きっと希望の道に進めると信じています。

 

 

スポーツ選手が「皆さんの応援が力になりました」と言うことがあるけれど、あれって私の中では今まであまり現実味が無い言葉でした。

現実味が無いというか、実態を感じられないというか。なんだろう。

例えばフィギュアスケートの選手が、「皆さんの声援が聞こえて頑張れました」と言うのに対して、「滑ってる最中も声援って聞こえてるんだ」くらいにしか感じていませんでした。字面にするとひどいな、私の感性。

ファンの声援に言及してくれるというそれ自体が嬉しくて、応援してる側は自分が応援したくてしてるだけなのにそんな風に言ってくれるなんていい人だなあくらいの感じでした。ちょっと冷めてるね。

 

基本的にアスリートは誰かの後押し無しでも自力で頑張れる、頑張れるだけの努力を積み重ねてきた人たち、という風な認識なので、応援があっても無くても自分の力を発揮できると思っています。

でも、それも間違ってはいないのだろうけどそれだけではないのかもしれない、という風に考えを覆す出来事がありました。

 

昨年の秋の早慶戦を観てる時、2戦目だったか3戦目だったかは覚えていませんが、どちらにせよマウンドに今西くんが立っている時だったと思います。2戦目かな。

最終盤の厳しい局面(慶應の3、4、5番が続く無死の状況とかだったかな?とにかく何番打者だろうとまるで安心する余地の無い状況だったかと。動画観ててもそのあたりは興奮状態になってしまうので、試合展開については記憶が定かでない)で、声も枯れよとばかりに観客は応援の声を飛ばしていました。私も外野席から一所懸命応援しました。一球ストライクをとる度に、マウンドに届けという思いで手を叩きました。

その最中、不意に我々の応援の声が投手の背中にダイレクトに届いたような錯覚を覚えたのです。神宮の、早稲田を応援する観客すべての声援が。

あ、なんだこれ。と一瞬思ったその直後、今西くんはピンチをしのぎ切る投球をし、そのまま早稲田が勝ちをもぎ取ったのです。

そうしてその日私は生まれて初めて、「応援ってマジのマジで力になってんだ!」と実感したのです。

 

いやー、人によっては何この人とんちんかんな話してんの?と思うでしょうが、自分がスポーツするわけでもなく、観戦するのも大して経験の無い私としては、初めての感覚だったのですよ。

基本的にスポーツと縁遠い私は、そこまで熱心にのめりこんで応援するという経験があまりありません。スケートと野球では競技の性質が違うので同じ熱心でも何かやはりちょっと違う感覚だし、プロレスとも違います。何かとは何か、というのはうまく言えないのですが。

あ、もしかしたらサッカーとかは近いのかもしれない。でもサッカー観ないし。

 

一言で言うなら、私は「応援」というものに対する信奉の気持ちを持っていませんでした。

ただ早慶戦のその時は、とにかくひたすら早大の勝利を信じて応援していました。

 

でも応援が届いたような気がすると言っても私が感じたに過ぎないので本当に届いたかどうか。いや、届いてたよ、あれは絶対。あれこそまさに「声援が後押し」だよ。そうに違いない。でもなあ、うーんどうだろう。

なんて思っていたのですが、今回の早スポさんのピッチャー回(第3回)で今西くんが、

「(早慶戦3戦目では)マウンドに上がる時にスタンドからの応援の声が力になるというのが感じられました。」

と言っていて。やっぱり届いてたんだー!観客と選手とで同じ感覚味わってるー!と思って…あれ?あ、マウンドに上がる時に、だった。あの投球の最中じゃなかった。

私の心象風景的には、タッチのクライマックスで達也の後ろに和也の影が見えるコマくらいの劇的な感じで今西くんの背中に声援が届いてたんだけど、そういう訳ではなかったのか。それとも端折ってるだけ?

いやいや、マウンド上がる前だろうと最中だろうと力になれたのならこの上ない幸せです。

今西くんの言葉自体はそう珍しいものではないかもしれないけれど、私自身の体験とリンクしたため、すごくすごくなんと言うか興奮してしまいました。

 

とにもかくにも、応援はマジで力になる、ということを発見した試合でした。嬉しいねえ。応援するしかできない、じゃなくて応援で力になれることもあるんだねえ。

 

あ、もうひとつ。

私は割と「もう勝てないかも…」と心の中で諦めてしまう癖があるのですが、早慶戦は最後まで早大の勝利を信じて応援することができました。

3戦目の最後の最後、ふと空に目をやると、暮れかけた空にきらりと何か光ったのですよ。気球みたいな。でも気球が唐突に飛んでいるとは考え難いので、飛行機だったかもしれません。とにかくうっすら紫がかった銀色の空に、銀色の光が見えて、

その瞬間、

「あ、きっと勝つ」

と思ったのでした。

勿論それはオカルト的なお告げめいた何かでは無くただの私の願望ではありましたが、観る側もやっぱり信じて応援しないとな、という気分になれました。当たり前?いやーホント、スポーツ観戦になれてないもので。←しつこい。

 

信じて応援と言うのは、応援団の皆さんの姿を見て思ったことでもあります。早稲田だけでなく慶應も。胸にくるものがありました。

だってさ、試合開始の何時間も前からパフォーマンスやったりしてんだよ?どんだけ体力オバケなんだ。体力だけじゃない、精神力も。選手だけでなく応援団の皆さんも本当に凄いの。感服。

そうそう、早慶戦は土日で決着がつかず月曜日の3戦目にもつれこんだのですが、平日の昼間にも関わらず慶應側が外野まで応援席埋まってるのに対して、早稲田は内野だけでやっとという感じでした。聞いた話によると慶應は講義が休みで早稲田は休みじゃなかったらしいのでそのせいもあったのかもしれませんが、とにかく球場でその差を見た時は、やばい…と思いました。応援で負けてる!って。

それでも、熱のこもった応援は数の差をものともしなかったのです。

と言いたいところだけど実際はかなり差は感じました。音量がまず違ったもの。だけど終盤は本当にその差を埋めるだけの熱量がありました。

私も早稲田を応援する皆さんとこっそり心を一つにして応援した結果、終盤はびしょびしょに頬を濡らしていました。

 

年が明けてもなお、新チームへのワクワク4割・四年生引退の寂しさ6割くらいでいましたが、今回の新体制始動特集を読んで一度寂しさをリセットできました。

これからも不意に寂しく思うことはあるだろうけど、それ以上に新チームへの期待を胸に、優勝を信じて、リーグ戦の開幕を楽しみに待ちたいと思います。

 

 

 

補足です。

フィギュアスケートと野球では何か違う…と書きましたが、そりゃそうだよ。フィギュアは採点競技だもの。

観客の声援が良い演技を生み出すことはあるけれど(例:コンサート状態の歓声の中で滑るブライアン・ジュベールさんの「Rise」。特に冒頭4回転のコンビネーションジャンプが決まった時の会場の大爆発状態はすごいものがある)、採点すべきポイントがいっぱいあるがゆえに、印象通り金メダルになるとは限らない。

2010世界選手権に於けるジュベールさんの「Rise」にしろ、2008年世界選手権に於ける中野友加里さんの「スペイン奇想曲」にしろ、観客の感動は金メダル級でも順位がそれに比例するとは限らない。

でも、こうしてパッと思い出せるくらいに盛り上がって興奮したプログラムなのは間違いないし、一大会の結果にとどまることなく永遠の金メダルを授けられた演技、と言っても過言ではないくらいの価値があると思うけど。

 

プロレスの、会場中の視線がリングに注がれるあの感覚もたまらないなあ。ベストバウト級に良い試合だと本当にお客も心がひとつになって一体化するの、あれゾクゾクする。

柔道もそれに近いものがある。ベストバウトといえば天理の中野くん対国士舘の斉藤くんよね!3月も8月も夢中で応援したなあ。

関係無いけどあのインターハイ後に出た「近代柔道」の表紙がインターハイ団体優勝の天理の皆さんだったのだけど、監督も含めてみんな笑顔ですごくいい写真だった。

 

野球は…そうだなあ。あの広い広い空間がひとつになる感じは奇妙でもあり、そしてやっぱり鳥肌が立つほど面白いね。