義務と権利と黒いアレ

義務も果たさないくせに権利ばっかり主張してんじゃねえ!
という、もう既に言い尽くされた論については今回はさておいて。

私は基本的にやりたいことだけやって生きていきたいです。
やりたくないことはやらない。
やりたくないことっつうのはつまり、
「憂鬱だ・・・」
と思うことです。そういうものには基本的には背を向けます。
ただでさえ、不意に憂鬱が訪れることだってある人生で、自分でやりたくないと思うことくらい避けていかねばやってられないっすよ、ホント。

でもまあ、どうあがいても逃げ切れないこととか、まあ、あんまり逃げたらよろしくないなとか、逃げると自分のクビを締めることになるんだろうなあとか、ここはやっておこうかな、とかそういうことも少なからずある訳で。
そういうものをやる時には、
「私ゃイヤイヤやってる訳じゃない。こりゃ私が心の奥底で前々から実は興味を持っていたことなんだけど、大変そうなので見ないフリをしていたことなんだ。今回はせっかくの機会だからちょっとやってみようかなと思って・・・それだけのことなんだからねっ」
と、自分を洗脳して挑むことにしています。

具体例を出したいのですが、今ぱっと思い浮かぶ事はありません。
けっこう自己洗脳してること多いと思うんだけど、それが思い浮かばないってことは、本当に洗脳が成功してるってことなんだろうか。

ああ、一つだけ洗脳失敗の例を思い出しました。
あの、平たくて黒いヤツ。そう、あの、アイツです。
アレのことを、実は私は苦手でもなんでもないんだと自己洗脳しようと思ったことがあります。


東京に出てきてから10年くらい世田谷代田の風呂無しアパートに住んでいたのですが、そこがもう、アレの巣窟のような部屋でして、6〜7センチくらいのサイズのが頻繁に台所を這い回っているような・・・ああ、今となって思い出すと、そんな部屋によく住んでたなと鳥肌が立って貧血を起こしそうになって骨がぶるぶる震え出すくらいなんですが、とにかくそういう部屋だったのですよ。
で、3〜4センチ級の奴ならなんとか対峙して退治していましたが、それでもアイツらって一発でなかなか撃破できないじゃないですか。なのでやたらめったら殺虫剤を使った挙句、ティッシュを半箱くらい被せて、更にあのゴミ拾いに使うようなトング?で掴んで(わざわざそのために買った)、3枚重ねくらいにしたゴミ袋の底に新聞紙とかを敷いたものの中に捨てて、そうだ、手には軍手をはめてましたわ。上からさらに新聞紙とか雑紙を被せて。
とにかくアレの質量というか、トングの先のティッシュの中であっても、存在を掌に感じるのがどうしても嫌で、そんだけの装備をもってしても、1時間くらい奮闘した挙句にようやく捨てて封印したと思ったら、ゴミ袋の中から死にぞこないのカサカサ蠢く音がすると、もう耳がゾワゾワするような怖気に襲われまして。
で3〜4センチ級でもそんななので、それ以上のサイズのヤツなんて、戦わずして負けがわかるようなもので!しかもヤツら、飛ぶしね!あああああ、思い出したくない!!!

猫を飼っていたのであまり殺虫剤を撒きたくなかったというのもあったし、あ、そういえば一回だけ半身になったアレが絶命寸前の様子で歩いてるのを見たことがありました。猫の仕業だと思われます。
うちの猫は山鳩みたいなのを仕留めて持って帰ってきたりするくらいの腕前がありましたので(翼を広げた状態で、30センチ近くあったなあ。泣きながら片づけたわ)、5〜6センチのヤツくらいは簡単に仕留められたんでしょうが、最後まで始末してくれないし、始末すると言ってもねえ・・・なんかその辺は具体的に想像したくないものがありました。
まあとにかく、大きいのは特に自分の手では倒すこともできず、かといってその部屋を出ていく財力もなかった私は、さながら、ならず者の闊歩する町で、どうにかそいつらを刺激しないようひっそりと隠れ住む町民のような気持ちで過ごしていたわけですよ。

しかしながらある時、これじゃいかんと思いまして。この部屋の家賃を払っているのは誰だ、と。
そうだ、仕留めることができないなら共存すればいんだ!と思い立ったのです。

私は虫が嫌いですが、クモとかカマキリなんかは平気なんです。むしろ好き。彼らとだったら共存したいし、彼らを見るとしばらくまじまじと観察してしまうくらいに愛情があります。
爬虫類、両生類も大好きです。
しかしながら世の中には、彼らを嫌いだという人たちも結構な割合でいます。つまり、私は、誰もが愛情を抱くもの以外、むしろ嫌われる部類に属するものでも愛することができる。その素質がある。
と、こんな感じで回りくどく自分を洗脳し始めたわけです。

それが案外上手くいきまして、すんなりと、
「よし、共存しよう」
と思えた訳ですよ。我ながらすごい。

そう思うと、何ならヤツらのために猫餌をちょっと台所に余分に置いておいておすそ分けしてもいいかなくらいに思い始めて、そのうち家に帰るといつも一匹だけ姿を見るんで、個体の判別はつきませんが、よ、ただいま。今日もごくろうさん。なんて言うくらいにはなりまして(書いてて耳の後ろがゾワゾワしてきた)。

しかし、そんな平穏な日々も長くは続きませんでした。
あれは、とある休日の昼下がり。あたたかい日差しに包まれて、私がベッドに寝転んで漫画を読んでいる時のことでした。
うつ伏せになり、夢中でページをめくっていると、何やら手首のあたりがモゾモゾとしてまいりまし・・・

ここから先は誰しも予想がつくでしょうし、私ももう書きたくありませんので省略させていただきます。

結論から申しますと、私は戦場における精神状態が極限を超えてしまった兵士のごとく叫びながら、久々に手にした「●●ジェット」を一本使い切る勢いで噴霧し、容赦なくヤツの息の根を止めたのです。部屋は殺虫剤に濡れ、私は放心しながら完全にこと切れたヤツの亡骸を片づけたのでありました。どうでもいいけどこの商品名、どうしてアレの名前を入れるんだろう。パッケージにも絵が入ってるし。この商品は私の心の拠り所でありながらも手に取るのもおぞましいものとして部屋の隅に忌まわしいオーラを放ちながら常にひっそりと隠れています。諸刃の剣って感じ。

6畳の部屋と台所、私は台所をヤツに開放したつもりでおりました。それは暗黙の了解と言うやつです。ヤツがきちんと棲み分けをしていてくれたのなら、また別の結果になっていたかもしれません。
しかし、全てはもう手遅れ。ヤツは所詮下等生物。気持ちが通じることはありませんでした。いや、もしかしたら通じ過ぎたのかもしれません。しかし対人関係には距離感と言うものが大事です。ヤツは踏み込み過ぎました。
私とヤツの信頼関係は脆くも崩れ去り、それが再び結びなおされる日は、未来永劫訪れないことでしょう。

まあつまり、一度は試みたけども無理だったこともあるよ、と。
今は・・・今の部屋で一度だけ玄関の扉の外に4〜5センチのがへばりついていたことがありましたが、人を呼んで退治してもらいました。
もはや共存する気力どころか戦意すら無し。
アレとトンボは、悪いけど絶滅してくださって構いません。何なら悪魔に魂を売った思いで、私のこの手で殲滅しても構わない。
あ、やっぱやだな。もう、姿すら見たくないわ。
どっちも共通点は、人を避けない、っていうことと、知性の欠片も無い、ってことですかな。同じ理由で蝶も嫌いだけど、あいつはスピードが無いのでこちらから逃げられるからまだマシ。あと、動く時に音がしないので生理的嫌悪感が半減します。
ああ、セミも嫌い。音が嫌。だけど、やっぱりあの両雄よりはだいぶマシ。

トンボはアレに比べると名前まで伏せたいほどの嫌悪感は無いものの、旭川にいた頃の、あの、秋になると空を埋め尽くすほどの大群で飛んでいた姿を思い出しただけで、思い出し失神しそうになる。自転車通学してると、どんどん当たってくるどころか、わざわざ進路の先の地面で身を休めたりするんでね、いたるところに圧死した奴が・・・。
あと、子供の頃兄がトンボの頭のすげ替えをしていたのと大量のセミを虐待して虐殺していたことが精神的外傷になっているものと思われる。くそっ。蝶はなんで嫌いなのかなー。鱗粉かなー。あと、そのくせ人に愛されてるっぽいところが嫌い。バカのくせに。ああ、
鳩も嫌い。同じく、バカのくせに愛されて、ホントは汚いくせに、目も怖いくせに、平和の象徴扱いだったり働かずしてメシを食える(エサをもらう)とことか。

でもまあ、どいつもこいつもアレに比べたらマシね。


もう、義務と権利にまつわる、ある種前向きな話を書こうと思ってたのに、これだ。タイトルのお尻にヤツのこと付け足しちゃったよ。
こんな感じで、私にとって大きな影を落とす存在。決して縁を切れない存在。道を歩いていても、私は誰よりも早く、何よりもアイツの存在に気付いてしまう。
「センサーついてんじゃないの?」と言われたことがある。そんなセンサーいらん!
初対面の人と喋っていて沈黙が訪れた時でも、アイツの話題を出せばあっという間に場が盛り上がる。特に私はホントに饒舌になる。

どうしよう・・・実は愛情の裏返しなんだろうか・・・。気になってしょうがないアイツ、なんだろうか・・・。
私、生涯で好きな男のこと考えてる時間よりアイツのこと考えてる時間の方が長い気がするもん。

二度と修復できない関係だと思っていたけれど、もういっぺん試してみる価値はあるのかもしれない。
なんて、再び自己洗脳してみようかと思っているのは、腐海に沈んだ我が部屋の掃除を始めてしまったからです。
今のところアレの気配はありませんが、生まれて初めて見る生き物が大量発生しているので疲弊しております。
なんだ、あれ。5ミリ〜1センチくらいの、うごうご波打って動くタイプの生き物。オレンジ色っぽくて、お尻に2本ちょんちょんと短いアンテナが出てる。
全然いいんだけど、ちょっと刺激するともの凄いスピードで動くので(ホントめちゃ速い!)、ちょっと気持ち悪いです。
まあ、こいつはまだまだ青いですね。自己洗脳するまでもなく、ちょっとビビりながらティッシュでポイです。しかしながらこれからもっと手強いゾーンに着手しようとしているので少しずつ強敵が出現してくるような気がして怖いのです。

ちなみに掃除も本当に億劫なのですが、やらねばならない。
なので掃除に関しては結構強力な自己洗脳をして臨んでおります。
そして無事に部屋が綺麗になった暁には、出した物は元あった場所に片づける方式と、毎日5分の手間を惜しまない積み重ねお掃除方式を取り入れて、2度と掃除・片付けに悩まされることの無いように生きたいです。

掃除は義務では無い、私は綺麗な部屋に住む権利を持っているのだ、と。
ほらね、この、ちょっといい話みたいなのを書きたくて書き始めたんですよ。ホントは。

いやー・・・ホントに、愛情の裏返しのような気がしてきた。全ての生き物を実は平等に愛せるんじゃないだろうか、私は(洗脳中)。