青い目印がついてます

私の太ももには蒙古斑があります。
30代も半ばを過ぎた年齢ではありますが、未だ残っています。くっきりと。

これが中学生くらいまではイヤでイヤで仕方なかったのです。
「アザ」としてイヤだという訳ではなく、大人になりたい病の真っ最中である思春期時期に、赤ちゃんの象徴のような蒙古斑は、そりゃプライドは傷つくわ恥ずかしいわだった訳です。

多くの蒙古斑がお尻に出ることを考えると、私の場合は自分が言わない限りそれが蒙古斑だと気付かれることは少なかったと思うのですが、まあ自意識過剰に恥ずかしがってました。とにかくイヤだったのです。

思春期を過ぎても20歳くらいまではやはりじんわりとイヤだった記憶があります。
太ももの外側にあったので水着を着たりホットパンツを履いて足を組んだりすると見えるのですが、蒙古斑が視線を集める役割を果たすために、その周辺の産毛とかよほど綺麗に処理していないとその付近一帯が汚らしく見えちゃう(と、当時は激しく思っていた)のです。
美意識が高いゆえと言ってしまえば聞こえはいいですが、イヤなら産毛を綺麗に処理してお肌のお手入れを入念にすればいいだけの話で(あるいは水着やホットパンツを諦めるか)、結局はズボラがまかり通らないために生じる八つ当たり的なものだったと今では思います。

20代前半から始めたお笑いの活動では舞台上やその他で肌を露出することが多く、蒙古斑も堂々と人の目に触れることが多くなりました。
しかし不思議なことにその頃は、蒙古斑を隠そうという気は無くなっていました。
その辺の心理の移り変わりを覚えていれば面白いのですが、本当にいつの間にか、気がついたら蒙古斑は疎ましい存在ではなくなっていたのです。見慣れたせいなのか、ズボラ心が勝ったのか。

今ではすっかり蒙古斑が見える服を着る機会も減りましたが、この青いワンポイントは自分にとっての隠れたチャームポイントだと思っています。言うなればタトゥーがわりのような。アクセサリーのような。

年々増えていく顔のホクロとか、シミに変わりゆくソバカスたちとか、そのへんは相変わらずいなくなってほしい存在ですが、これもまた歳と共に愛しい存在になってゆくのかと思うと面白いです。
こいつらをうっとうしく思う気持ちが諦めでは無く愛に変わる日がくるなら、こんなに嬉しいことは無いです。
とはいえ今の私に必要なのはこいつらを目立たなくするようできる限りケアをすることだと思うのですが。

蒙古斑は色が青いとこがまた良いですね。アクセントになって可愛らしいというか、自分が選ばれし者でありこの青い文様はその証なのかもしれない、なんてくだらない妄想もできそうだし。

例えばそうだなあ。
好きな男に蒙古斑があるのを発見したりしたら、それはもう嬉しいだろうなあ。
目印だね、みたいな。

・・・さすがにそれはちょっと乙女チック過ぎますが・・・。

目印は冗談としても、愛しい蒙古斑が愛しい男についていたら、単純に心躍るだろうと思うのです。

私にとっての蒙古斑はそんな感じです。
いつかお目見えすることがありましたら注目してあげてください。