旅をする人

電車の中で子供が奇声を発しているなあと思ったら子供のような半ズボンを履いている成人男子だった、ということは割合よくある光景ではないでしょうか。
あの子供のような服は、保護者が着せているのかそれとも本人が好きなものを選んだ結果なのかそれとも、実は成人男子のような風貌だけどまだ本当の子供なのか。
そういえば子供の頃みんなとは違う教室で授業を受けてる子がいましたが、あの子はおじさんみたいな顔でヒゲも生えていましたっけ。ということは町で見かける子供のような成人男子の方々も、必ずしも大人ではないのかもしれません。
旭川と東京にしか住んだことが無いのですが、少なくともその2都市においては、そういう人はそう珍しい存在では無いように思えます。

しかし最近は、とても有能なビジネスマンのような風貌だったり、働き盛りの肉体労働者のような風貌なんだけどちょっと異質、という人をよく見かけるようになりました。
もしかしたら昔からいたのかもしれません。私が知らなかっただけ、もしくはたまたま会わなかっただけかもしれませんが、最初に遭遇した時はちょっとびっくりしました。

一昨日の朝、いつもは乗らない電車に乗りました。空いていた座席に座ると、しばらくして乗ってきたきちんとしたサラリーマン風のおじさんが私の目の前に立ちました。手にはいかにもビジネスマンが持つような黒い鞄を持っています。
おじさんは何かむずがゆいのかずーっと落ち着きなく身体のあちこちを掻きむしりながら、ふう、ふう、と息を漏らしていました。時折、ああーっという声を出します。結構大きな声です。
おじさんの掻きむしったところから剥がれた細かい皮膚が私の目の前にポロポロ落ちてくるのがイヤで、私は次の駅で空いた近くの席に移りました。おじさんは私が座っていた席に腰を下ろしました。私の移った席がちょうどその正面あたりだったので、しばらく何となく眺めていたのですが、座ってからも落ち着きなく身体を掻きむしっていました。よく見ると見える部分の肌が全体に赤くなっており、更に白い粉を吹いているようでした。
それだけなら肌を痛めてるだけの人ですが、やはりその息や声や身体の動きは車内の注目を集める程度に目立っていました。

と、私の斜め上から声が聞こえてきました。
いつからいたか覚えていませんが、そこに立っていた作業着姿の男の人。私と同じくらいか、もしくは少し年上くらいに見えます。
最初は、仕事仲間が隣に立ってでもいるのかと思ったのですが、その周りには誰もいません。
電話してる風でもありません。
1人で、ずーっと喋っています。
労働者側の立場から見た現場の問題点について、そしてそこから発展して日本という国の行く末について、また諸外国との関わり方についてを、
「俺は頭悪いからわかんないけどさ」
という言葉をさし挟みつつも理路整然と語っておりました。
専門家の先生が自分の研究室にやってきたテレビカメラに向かって見解を語っている映像のような、そういう風情でした。
正直、言ってる内容が難しくて私にはよく理解できませんでした。
そうこうするうちに降りる駅に着いたらしく、何事も無かったように、ごく普通の労働者の顔をして、その人は電車を降りて行きました。
正面の席のおじさんが、また大きな声を挙げています。

この、朝の一瞬の時に、電車の同じ車両、それも2メートルくらいの範囲の中に、これだけ個性的な人が乗り合わせる。
それも、二人とも現代社会において、日本経済をまわす立場の者として完全に溶け込んでいる風なのに、と。
なかなか面白い朝でした。

そういえば銀座でマクドナルドに入った時、2時間近くのあいだずーっと1人で喋っている人もいました。白髪交じりで、真面目に働いてきたような顔をしたこの人は、巨体を小さなイスに落ち着かせ、ずーっと見えない誰かに向かって喋っていました。
亡くした母親の事、出来の良い弟との確執の事、田舎の祭のこと、自分を支えてくれる女房のことなどを、
ずーっと語っていました。
トレイの上にあった二人分のビッグマックセットは、いつの間にか全て空になっていました。
この時は、席を立って店を出て行くこの人のことをついて行ってしまったのですが、
外に出て「久しぶりだなあ・・・」と言いながら歩くこの人は、途中で喫煙所に寄りそこでも見えない誰かと話しながら煙草を一本吸って、最終的には古い雑居ビルの中にある弁護士事務所のような部屋に入って行きました。

また別の日には、同じマクドナルドで、ずーっとアイドルの話をしてるおばさんがいました。
2つ折の携帯電話を見ながら話してたので、初めはテレビを見ながら独り言を言っているのかと思っていましたが、覗いてみるとディスプレイには何も映っておらず、それどころか電源すら入っていないようで、それを見ながら
「●●ちゃんはやっぱり踊ってても一人だけ目立つよね」
とか何とか、はしゃいだ声を出していました。
きちんとしたエリつきの服を着ていましたが、何故か髪はボサボサでメイクもしていないおばさんでした。

この、電車で見かけたサラリーマンや労働者、マクドナルドで見かけたおじさんやおばさんは、昔から見かけた子供のような大人の人たちとは少し種類が違うように見えます。
でも、いずれにしても、少し心の旅に出ているような。
見えない何かを見ているような姿が、少し羨ましく思えたりします。

そういえば昨日道を歩いていたら前から歩いてくる人が私をまじまじと見ていました。
その瞬間、妄想に集中し過ぎて自分が満面の笑顔で歩いていたことに気付きました。

ちょっとした旅くらいなら私もしてるじゃないかと、ちょっと何だかこれは嬉しい発見でした。

今日の日記はちょっと美しめ。