忘れ難いこと

昔、劇団の合宿でお寺に泊まった時、メンバーの一人が羽目を外してとんでもない物を壊してしまったことがある。
ホントにとんでもないもの。怒られる以前にバチが当たるようなもの。

で、夜中にこっぴどく住職に叱られたのだ。叱られて当然なのだ。何しろとんでもない物だった。
夜だった。12時は過ぎていただろうか?1時くらい?
そんな時間ではあったけれど、とにかく事態が事態だったので住職の奥さんに報告して、そこから住職に伝わって、まあ状況から考えても全員が怒られたのだ。
簡単にお叱りを受けてはい終わり、というようなことでは無いので、決して短くない時間が過ぎて行ったと思われる。

で、全員が立って叱られてる最中に住職の奥様に突然、
「眠い?眠いよね。もう寝たいよね。」
と言われたのだ。
自分が言われてるとは思わなかった。が、顔を上げると奥様はこちらを向いていた。そしてダメ押しの、
「眠いよね、チエちゃん。」

確かに少しうつむき加減だったかもしれない。しかし、断じて言うが眠いなんて微塵も思っていなかった(ちなみに当時の私にとっては夜中の2時3時まで起きてるのは当たり前だったし)。
ことがことなので神妙な顔になっていた。少なくともそういう気持ちでいた。それなのにそんな言葉をかけられて、私は動揺した。
咄嗟のことだったので、「いえ・・・」と小さい声で返すのが精一杯だった。

結局、「眠いよね」と言われて間もなくお叱りの時は終わった。
みんなで今度こそ大人しく寝たけれど、私の胸のうちはものすごく波立っていた。なんと言っていいかわからない悔しさ?いい歳して(22歳くらいか?)説教の意味もわからずに睡魔に負けたと勘違いされたことを今でも忘れない。


それから10年ほど後のこと。
それとはまったく別の劇団の芝居に参加した時のこと。ちょっと緊張感が無いなあというムードに包まれていた稽古中、座長が皆を叱り始めた。

座長の怒りはものすごかった。それまでちょこちょこと積み上げられていた締まらない雰囲気とか、そういうものに対する総合的な注意だったのだと思う。
それが爆発するキッカケとなった事については私は関与していなかったのだけど、まあそれだけについて怒ってる訳じゃないということは当然わかったし、ひとつの座組みの中の出来事なんだから自分も怒られて当然だと思い(殊勝だなあ。自分の話じゃないようだ)、神妙に話を聞いていた。
と、座長に突然、
「チエちゃん眠いか。眠いよな。つまんないよな、こんな話。」
と言われたのだ。一瞬にして10年前のお堂の件を思い出した。

確かにこの時も少しうつむき加減だったかもしれない。
だが断じて言う。この時私はまったく眠くなかった。
ちょっと考えてみろや。人が真剣に怒ってる最中に、怒られてる状態で眠くなんかなるかよ!しかも稽古の真っ最中に!

何か言い返したかもしれない。「こういう顔なんです」とか。
それともそれは、後日思い出してこう言えば良かったと思った私の妄想のセリフかもしれない。
とにかく、悔しかった。
生涯で私は2度も、説教の意味もわからないボンクラだと思われたのだ。

うつむかないで睨みつけて聞いていれば良かったのだろうか。

私は全ての状況で大人しく話を聞いている訳ではない。誰かが怒っている状況において、その怒りや言い分が腑に落ちない時はその怒っている人間を睨みつけることもある。子供っぽい愚かしい行為ではあるけれど、反論しないまでも(余程の場合はすることもある)、反抗的な気分でハラワタ煮えくり返りつつ相手を睨みつけて聞いているのだ。

そうすれば良かったのかい?お堂の時も、稽古場の時も。兵隊さんみたいに一点を見つめて直立不動で聞いとれば良かったのかい?

けれども、神妙に聞いている時にいつも言われる訳では無い。
生涯でその2回だけだ。

だからこそ絶対に忘れない。

目が細い者の宿命なのかもしれない。
お堂の方は、そのお叱りを切り上げるための、すごく大げさに言うとイケニエだったのかもしれない。
わからない。

わからないけどこれだけは言える。私はこのことを絶対に忘れない。
人生で私をひどく傷つけた体験を2つ挙げろと言われたら、この2つを挙げようかというくらい。

くだらないことかもしれないけれど、他人が聞いたら笑うかもしれないけれど、絶対に忘れない。
忘れられない。