春の匂い

ここ三日ほど忙しく、その間に切れ切れの睡眠しか取れず、ばてながら帰宅。
横になりたい欲求を抑えて銭湯へ行った帰り、ふと空気の匂いが変わっていることに気付いた。

陽射しを浴びた若草の匂いとは違う、少し湿った春の夜の匂い。

東京に出て来た最初の夜のこと、怯えながら夜道をコンビニに向かった日のこと、夜中に意味も無く公園で一人酒した時のこと、終電を過ぎてから何キロも走って恋人に会いに行ったこと、ライブで大失敗してとぼとぼ俯いて歩いた日の月明かりのこと…
たくさんの春の夜の自分がよみがえる。

季節の移り変わりを感じた時というのはどうして気持ちまで変わるのだろうか。
どんなに身も心も疲れ切っていても、春の訪れを感じた途端にそれらはリセットされる。

よおし、帰ったらまず何をしようかと、元気がみなぎる春は素敵だ。
夏には夏の、秋には秋の、冬には冬のリセットがある。
どの季節もみんな、私のエネルギーを充填してくれる。

しばらく春の夜の匂いに浸りそう思いをめぐらせていたら、すっかり体が冷えてしまった。
帰ってやることは決まった。明日から先の私のために、あたたかい布団でゆっくり寝よう。

こんな余裕を与えてくれるのも、春の力だ。