専門家

昔とある芝居を観に行った時のこと。

それは特攻隊の芝居で、脚本を書いたのは現役自衛隊員だったか自衛隊の経験者とのこと。しかし芝居の経験はそれほど多くないらしいですよ、と。そういう人が書いた本。

時代は違えど国防を担う人間の振る舞いやその組織のことというのはおそらくとてもリアルに描けているんだろうなという説得力があった。

「描けているんだろう」と推測で言うのは、私(や大抵の観客)は実際の自衛隊のことも軍人さんのことも戦争のこともこの目で見たり体験したりしてる訳ではないからなのだけど、でも知らないながらにすごくきちんとしたものを感じたのだ。
題材が題材だけに役者の演技も熱かったし、全体的にちょっとした立ち居振る舞いにも気をつかって大事に作ってるように見えた。
だから何はともあれ「兵隊さんってこんなことするかなあ?」みたいな変な疑問が生まれることもなく、ただ熱意がストレートに伝わってくる芝居だった。おそらく観客の多くは素直に舞台を観ることができたと思う。

なるほど、知ってる人間が書くと、こうなるのかあ、と。

もちろん、こういう芝居はたぶん稀で、芝居の経験はあるけど自衛隊の経験は無いという脚本家・演出家の方が圧倒的に多いだろうし、戦争を経験している脚本家・演出家の数も時代を考えればごく少数だろう。
かと言ってそれは勉強(取材などを含む)や想像力で補えるものではある。というか補わなければならん。


しかしながら実際におこった出来事や、それを体験した者が存在していること、知識として知ってる人が多いもの、等は題材にするのが難しい。

多くの人に好まれる題材のひとつに新撰組がある。小説だのドラマだの漫画だの、そりゃもういろんな作家が描いていて、お芝居でもびっくりするくらい頻繁に題材にされている。
これはすっごい大変だと思う。やる方もマニアなら観る方もマニアだったりして、見解の相違や好き嫌いなんかもあって、客席と創り手とで密かな戦いが繰り広げられたりする。幕末に生きていた人なんていないのに、もしうっかり浅い知識で描こうものなら間違いなく総ツッコミが入るだろう。

発条ロールシアターではもうちょっと地味なお話が多いので今のところそういうマニアとの戦いみたいなことは起こらないだろうけれど。

そういえば昔、電車が止まらないという話を書いた時に私1人の力ではどうにもならずに、車掌さんの力をお借りしたことがある。
ネットの掲示板でちまちま質問をしていたら、親切な車掌さんが全面的に力になってくれたという有難い話。
おかげで、知らないと書けないような細かいことを監修してもらえた。

びっくりするのは、その電車の話を観に来てくれたお客様の中に現役の鉄道関係者の方がいらしたということ。
アンケートに、「車掌や運転士のことなどよく描けていて面白かったです」なんて書いてくれて。
最初は鉄道マニアの人からツッコミを受けないように・・・くらいに考えていたけれど、結果的には本職の人にもお叱りを受けないものに出来上がったという。
それもこれも協力してくれた車掌さんの力あってこそなんだけど、嬉しかったなあ。
とはいえ、出演者(乗客の役を演じた者たち)や観客のほとんどは、そういうマニアックな部分なんて気にしてなかったと思うのだけど。でも、そこもまた良かった。だって、違和感を感じなかったってことだから。

廃ビルを舞台にして配管工を主人公とした話を書いた時も、本編にはほとんど関係無いところの監修に、本職の方のお力を借りたことがある。
そっちは同業のお客様はいらっしゃらなかったようだけど、観てる人からビルの内部の構造について「?」と思われることもなかったようなので、それはやっぱりこちらがクリアにしてたからかなあと。

以上、自画自賛タイム終了。
というか、ご協力に感謝する時間か。

結局、その題材について詳しく知ってる人がいようといまいと、やっぱり嘘は書けないものだ、という話で。
何が言いたいかっていうと、

物理学の先生がいらっしゃいましたら、どうか私を助けてください。
と。