人んちのお母さん

不躾なタイトルにて失礼します。

公演を観に、出演してる役者のご家族ご親戚の方がいらしてくれることも多々あります。
発条の場合、まあいい加減出演者の年齢も上がってきていますので親御さんの年齢もそれなりなのでしょうが、歳に関わらず軒並み可愛らしいお母さまばかりに見えるのは、我が息子・娘の舞台を観てにっこりされてるからなのでしょうか。それとも私の年上好みもとうとう極まってきたのでしょうか。
お父さまはお母さんほど多くはいらっしゃいませんが、いい歳した我が子のお芝居を観に来てくださるくらいですから、かなり好意的なのでしょう。やはりニコニコと私のような若輩者にも挨拶してくださいます。人んちの親御さんにこんな物言いをするのもなんですが、何というありがたい親心でしょう。

そういえば最近、高校時代の先輩が「好きな男に子供どころか孫ができたって話を聞くと自分のおじさん好き度の激しさに気づくわ」というようなことを呟いていたのですが、私の場合、素敵だなと思う男はとっくに孫のいる世代も少なくないにも関わらず、みんな相変わらず独身だったり新婚ほやほやだったりして、時空を超えてるなーと思ったり。

かくいう私にいたっては結婚とは縁の無い日々を相変わらず送っている訳ですが。
人の幸せを見てるだけで嬉しくなってお腹いっぱい満足です。
料理の本見てお腹いっぱいになるから実際には食わなくてオッケーみたいなもんか。


さて人んちのお母さんといえば、女友達が母親について「まったくもう!」と怒ってるのを耳にすることがありますが、大抵の場合それは微笑ましいエピソードだったりします。
当の本人としては「何が微笑ましいもんか!」ってなもんでしょうが、やっぱりちょっと離れたところから聞いてるぶんには、可愛いな、で済んでしまいます。

人んちのお母さんに負けぬくらい私の母も可愛いですよ。
でも、こうして客観的な物言いをしちゃうあたりが私の冷たさかもしれません。
そんでもって珍しく帰省した時なんか未だに母とも父とも大喧嘩しちゃうあたり、子供なんだともいえるかもしれません。


ところで可愛いおばさまはおそらくいくつになってももてるはずですが(男女問わず)、可愛いおじさまは男女関係をもった途端に鬱陶しくなるはずです。

二人きりの時まであまりにも可愛い甘えんぼちゃんだと邪魔くさいし、かといって普段は子供みたいなおじさまが、付き合ったからって包容力見せつけてくんのは私は嫌だ。私がお前の女になったと思っていきなり上に立ちやがって、って思っちゃう。私、自分から助けを求めてる訳でもないのに相手から気を利かせて手を差し伸べられんのホント嫌いなんだよなー。仕事相手だったら助かるわで済むけど、恋愛の相手からなんて絶対イヤ。
これが若い男の子だったらその鼻っ柱をへし折れるけど(そして最終的には喧嘩して私が振られるハメになるわけだけど)、おじさまは可愛くたってもうちょっとプライドがある訳で。でも可愛いおじさまは怒り慣れてないからきっと粘着質な怒り方をするに違いない!ああ、鬱陶しい!

可愛いおじさまは楽しく遊ぶか一緒に仕事する相手にとどめておきたいわ、私。
傍からみて憎たらしいくらいの方が恋愛にはきっと向いてるはず。普段憎たらしい人が二人きりになって優しくなるのはちょっと悪くないし、逆に憎たらしさが増しても、元々憎たらしければそのギャップも小さいからガッカリしないだろうし。

ん?これただの私の好みか。


でもまあ、可愛いタイプの男は、いくつになっても年上の女を探し求めるか、あるいは年下でもよほどよほど包容力のある女を探したほうが幸せになれるんじゃないかなあと思う。
ホントはそんなに包容力がある訳でもないのに好きだから支えたいのと思い詰めて無理しちゃうようなお嬢さんに手を出したりしたら、共依存でお互い不幸になるから気をつけてくださいねと私は言いたい。
だからやっぱり見極める自信が無いなら年上の女と付き合っとくほうがいいっすよ。うんと年上ならあんたの鬱陶しさもはいはいと受け流してくれるから。


根拠もない上にかなり男女差別というか偏見の入った話ですが、たまにはこーいう文章でストレス発散を試みるのであります。
余計にストレス溜まったりして。
っつうかそもそも「可愛い」って言葉自体曖昧だからなー。よくわかんなくなってきた。


そういえば見知らぬ道行く人は「おばさん」って呼べても、知り合いのお母さんを「おばさん」と言うのには抵抗があるのは何故なんでしょう。
っつうかやっぱりどんなに褒めても「おばさん」って言葉があんまり良いイメージを与えないのかな。「おじさん」も使わないか、知り合いのお父さんに対して。

今度から一律「ご婦人」と「紳士」って呼ぼうかな。見知らぬ人に対しても。おお、なんか上品。