ひへー

ネットで調べものをしていると、見たくもない情報が目に入ってくる。

私は聞きたいことしか耳に入ってこないという非常に(自分にとって)都合のいい耳を持っているのだけど、視覚にはその機能が搭載されてないようで、見たくないものも律儀に認識してしまう。

自分もこうして日記を書いたりツイッターをやってたりするのでこんなこと言うのもなんなんだけど、誰もが息するより簡単に自分の思ったことを公開できる世界と言うのも善し悪しよねと。最近特に思う。
今さらという気もするけれど、ネット上に飛び交う「あたしの意見」にうんざりする。

趣味の話とか恋愛話とか、そういう娯楽一般の話はいいんだ。スポーツ観戦の話もいいね。一方的に吐き出すも良し、ネット上で見知らぬ誰かと喧嘩するも良し、仲良くなるも良し。孤立しても良し。だって、感性は自分だけのその人だけのものだから。娯楽の話は、その娯楽について語ることが目的なんだから。発展したり熟成したりするのも一興だけど、発展や熟成しなきゃいけない理由は無い。

でも、政治の話とか、世の中で起こってる事件や事故、世界情勢についての話は、誰かと顔つき合わせて語る方がいいに決まってる。
ひとつの事実に対して、こういう理由でこれは受け入れられない、とする。でも、自分には見えてなかったものが他方から見た人の主張を聞くことによって、え?そんな見方もあるの?とか、いやそれは違う、とか。そんな風に多方向から見ていろんな意見を交わすべきものだ。自分の中で完結すればそれでいいってものじゃない。

もちろん、顔突き合わせても人の話を聞かない人はいる。
ネットでも、他者との意見交換を上手くできる人もいる。
だからネットが悪という話をしてる訳じゃない。

政治や社会情勢についてろくな知識も持たず、新たに知識を仕入れる努力すらしないくせに「あたしの意見でござい!」と一方通行に垂れ流すことのみっともなさ。
テレビを眺めながらお茶の間でぶつぶつ言ってる方がましだ。
「世間に向けてあたしの意見を発信してる!」という感の強いネット上での発言の垂れ流しは人を勘違いさせる。

ただ頭の中で考えてるだけよりも文字や言葉にした方が考えは固まりやすい。
現実よりもコミュニケーションの取りづらい(もしかしたら取るつもりもない)ネット上での自分の意見の吐き捨ては、己の考えを凝り固まらせる。

・・・こんなの、20年も30年も前に既に散々言われてたことだよな。
小説や芝居で、ネットの世界に入り込んで出て来られなくなって、とかバーチャルリアリティどうのこうのとか、そういうのも流行ったよなあ。SFだともっと昔にあった発想かな。
それが実際、今の時代のこの、携帯電話あるいはパソコンを持っていて自由に使える人であれば誰でもネット上でご意見できますよと言う時代になって、ホント今更「ネットとは」なんて言うのも恥ずかしい状況になってみたらば、懸念してたことがまんまと現実になっているみたいな。

政治の話や国際問題を、ツイッターで語りつくせる訳がない。
そんなものは顔突き合わせて話せばいい。ディスカッションしろ。

私自身は普段、ネットでもリアルでも政治の話と宗教の話はしないようにしている。
飲みの席だと殴り合いになるかもしれないし、まあしてもいいんだけど、どっちにしろ軽い気持ちではできない。
娯楽とはまた別の意味でとっても個人的な話なので語る相手も選ぶ(肯定してくれる相手を、という意味では無い)。

つまり、それらはとても大事な話だってことだ。そういう肝心な話をろくな覚悟も信念も無しにぺろっと語るその低能さが腹立つんだ。
ネットでもリアルでも同じなんだけど、リアル世界よりもネットの方が政治の話も国家の話もじゃんじゃん飛び交ってるのがイヤなんだってことだ、要するに。
するなら面と向かって、もしかしたら殴り合いになるかもしれないくらいの覚悟でやれ、と。
リアルでそんなにじゃんじゃん政治の話する人なんてそうそういるか?
信念持っててそんなに語りたいことがあるなら現実世界でも語ればいいじゃない。

頑な過ぎても話は広がらないし、柔軟過ぎては議論にならない。
物事を多面的に見て、いろんな情報や意見を取り入れつつ、それを自分の中で改めて吟味して、筋道立てて考え、語り、否定されても肯定されても自分を失わないようにしつつも展開し成長していく。
そうやって語るのはバカにとっては難しい。
鈍い人間にも難しい。
でも、得るものは大きいし、やってくうちにバカも鈍感も少しはマシになっていくもんだ。
ネットの議論もこんな風にできればいいけど難しい。
まず文章力が必要になってくるあたりもハードルが高い。
例えば新聞の、記者としてお金をもらってる人間の書いた記事すら(これはわざとやってるのかもしれないけど)、発言者の意図が伝わりにくいものになってたり、読み手の読解力が無いがために誤解を生むくらいなのに。
その点、会って話す方がまだ簡単だ。

何でわざわざ今こんな話かっていうと、ネットで語るという行為が特殊な人だけのものじゃなくなったからに他ならない。
政治や国家にまつわる、それこそ偏見に満ち視野が狭く低能過ぎて吐き気がするような発言が、見たくもないのに目に入る。ホント目障りなことこの上ない。

バカを自覚しろ。逃げ場の無い場所で、お前はバカだと罵られて成長しろ。

そういえばリアルな知人がネットで政治の話とか国家問題を語ってるのはあんまり目にしないなあ。語る人もいるにはいるけど、そういう人はリアルでもそういう話をする稀有な人だしなあ。

ツイッターで政治発言をしている人たちって、どういう人なんだろう。彼らもリアルでもそういう発言を好むんだろうか。
なんて今さらな疑問。
政治家批判や国家批判、国際問題の極論をネットで展開してる人の数って決して少なく無いように思えるんだけど。
ちょっと待ってどうしよう、みんなリアルでも激論を交わしてたりして。
私が知らぬ間に日本の意識はそこまで高くなっていたのか。
ここまで書いて根本的な自分の先入観に気付くなんてとんだ赤恥なんだけど。

何はともあれ。
いちいち真にうけて沸騰してる私は、ひたすらネットに向いてない。

そんな訳で今、疲弊してます。